カトラリーの歴史はマナーの歴史

前にご説明をしたとおり、中世以前のヨーロッパでは王侯貴族でさえも、食事するときは手づかみでした。12世紀に入っても、水分の多いものはスプーンを使いましたがフォークは装飾品の一部でした。ナイフは肉などを切り分けるのに使うことはあっても、個人個人が使うことはありませんでした。当時、宗教的には「指は神様が与えられた優れた道具である」と教えられていたこともあり、『まぜる・とかむ・運ぶ』など、人々は器用に指先を使って食べていました。マナーの心得のある王侯貴族は親指・人差し指・中指の3本指を使ったといいます。それに対して一般庶民は、5本の指を使っていたようです。

 

その当時、ヨーロッパでは銀のカトラリーは富の象徴でした。人々はそれらを専用の箱に収めて大切に保管し、持ち歩き、宴席に持参しました。どんな身分の高い人でも、自分が使うカトラリーは自分で持ち込んだのです。19世紀に入ってようやく、各家庭にも銀のカトラリーを常備するようになり、宴席の場合も招く側が用意するのが当たり前となりました。また、当時は12人着席のディナーテーブルが基本だったため、カトラリーを含めた食器のセットは各種類とも12本単位で揃えていました。

 

こうして長い歴史の中で、人々は手づかみの食事から道具を使うようになり、カトラリーは世界に広まっていきました。料理にもバリエーションが生まれ、食卓が多彩になるにつれ、カトラリーも各料理にあわせて食べやすい形・大きさに変化し、種類も増えていきました。各国の食文化もカトラリーの変遷には影響を与え、北欧やドイツでは大ぶり、フランス・イギリス・イタリアのものはやや小ぶりであるなど、お国柄によっても違います。また、柄の部分には各時代の流行や様式を物語る文様や文字など、さまざまな手がかりが秘められているのも興味深いところです。

 

それぞれのカトラリーがどのようにして生まれたか、たどってみましょう。

 

 

SPOON スプーン

 

ヨーロッパでの「スプーン」はもともと熱い汁物をくみ出したり、煮え立った鍋から肉などを取り出すために使われる調理用の道具でした。その形はレードル(日本式に言えば「おたま」)に似たもので、最初は食事には使われていませんでした。

 

さらに、古代エジプトの遺跡からも、スプーン状のものが出土しています。こちらは象牙や動物の骨などで作られており、食事のためだけでなく、化粧用の顔料を溶くなど、化粧道具として使われていたらしいこともわかっています。このことから、スプーンはヨーロッパ全土からエジプトまで、かなり広範囲で使われていたこと、当時のスプーンは木や貝、動物の骨などから作られていたことがわかります。また、当時はスープ類は容器から直接口にする習慣がありスプーンはそれほど必要とはされていなかったようです。

 

一説にはスプーンの代わりに、スプーン状に形を凹ませて焼いたパンを使っていたという話もあります。当時は穀物を精製する技術に乏しく、パン生地を発酵させることもありませんでした。当然、焼きあがったパンは非常に固かったと考えられ、スプーンとして使えるほど頑丈だったのでしょう。

 

スプーンが現代と同じように使われるようになったのは、15世紀のことでした。それもまだ実用には程遠く、むしろスプーンは財産として所有される傾向がありました。また、キリスト教徒は子供が生まれると洗礼を受けさせますが、その際に、名付け親がキリストの十二使徒を彫り込んだスプーンを贈る習慣もあり、スプーンには宗教的な意味合いもあったようです。

 

 

KNIFE ナイフ

 

前にも説明したとおり、最も早い時期から食卓に並んだ道具がナイフでした。12世紀ごろには大きな肉などを切り分ける肉切りナイフがテーブルに一本だけ。これは食事に招いた主人側が用意するものでした。

 

15〜16世紀になってようやく、一人ひとりが使うナイフが登場しますが、こちらは各自が用意して持参するものでした。この習慣はかなり長く続いたようです。食卓で使われるディナーナイフは、肉をきれいに切れるよう、鋭く、かつ清潔なものであることが大切とされましたが、次第に食文化が成熟してくると柄が銀で作られたものなど、財産価値の高い豪華なものも生まれるようになりました。

 

 

FORK フォーク

 

フォークの歴史はスプーンやナイフと比べて、かなり紆余曲折の道をたどります。現在のように食卓に必ず上がるようになるには、時間がかかったようなのです。フォークが食事の道具として使われるようになったのは11世紀ごろから。イタリアのベネチアで、ビザンチン帝国の姫君が未来の提督の元にお嫁入りした際、その祝宴の席でフォークを取り出して食べたのが、フォークの歴史の幕開けです。ところがその後、フォークはなかなか市民権を得ることができなかったのです。

 

その理由はいくつかありました。ひとつには、手づかみで食べる長年の習慣を捨てきれなかったこと。また、フォークは贅沢品とされたため、使用を禁止していた修道院もありました。また、食べ物は神様からの授かり物なのだから手で食べるのが正当であり、フォークを使うのは神の摂理に背くものだとする宗教的な考え方もあったようです。こうしたさまざまな理由から、フォークの普及は大きく遅れました。食事の場面を描いた中世の絵画を見てみても、テーブルにはナイフしか描かれておらず、いかにふぉーくの出現が遅かったかがわかります。

 

時代は変わって、フォークがフランスの宮廷で使われるようになったのは16世紀。イタリア出身のカトリーヌ・ド・メディチとアンリ2世の間に生まれた、アンリ3世(在位1574〜1589年)の代になってからのことでした。ところがその後、ルイ14世(在位1643〜1715年)に時代には、ふたたび手づかみで食べる文化に逆戻りしてしまいます。その当時のフォークは今と違い、二股のごく簡素なもの。非常に食べにくいものだったようで、おしゃれを気取る貴族たちが難儀して食事するさまは、一般庶民から嘲笑を買うこともあったようです。

 

やがて17世紀に入って、ふたたびフォークを使っての食事が始まると同時に、フォークを使う範囲も拡大します。基本的に、肉などの固形物はナイフで切った後、フォークで口まで運ぶものと決められました。おかげでフォークはようやく、ナイフ・スプーンとともに食事道具として扱われるようになり、近代ヨーロッパの食卓に欠かせない存在となりました。

 

ちなみに、フォークについてはユニークなエピソードもあります。ナプキンやテーブルクロス同様、かつてはカトラリーも嫁入り道具のひとつでした。その際、高級な銀食器類には持ち主のイニシャルが刻まれましたが、どういうわけかフォークについては、イニシャルを刻む位置が国によって異なりました。イギリスではフォークの表面に、フランスではフォークの裏面に刻印されたのです。そのため、セッティングの際には、フランス式ではフォークの歯を伏せるように、イギリス式ではフォークの歯が上向きになるように置くようになったのです。